欧文タイポグラフィを勉強したい方へ

欧文タイポグラフィを勉強するには、色々な方法があると思います。

 

1. 留学

一 番手っ取り早いのは留学です。「欧文タイポグラフィ」とひとくくりに言っても、イギリス・北米・オーストラリアなどの英語圏、ドイツ・オーストリア・スイス(の多くの州)などのドイツ語圏、それ以外にもオランダやフランス等、選択肢は多々あります。やはり現地の言葉を日々使い、人や文化・歴史に触れる事は、メディアを通してだけでは学べない事をたくさん教えてくれます。また欧文を扱う、ということは大抵の場合欧米諸国の文化の内容を扱う事になるので、文化を肌で知る、ということは非常に大切な経験だと思います。

それに一度言葉をマスターすると、二カ国語以上で調べものが出来るようになります。これはタイポグラフィに限らず、生きて行く上で非常に便利です!

またヨーロッパに関して言えば、どこの国に行ってもある程度の大きさの都市で暮らす場合、ヨーロッパ中(または世界中)の様々な場所から、様々な背景を背負った人々に出会います。例えば私はイギリス南部に留学しましたが、友達は欧州人はもちろんのこと、ロシア人、アメリカ人、中国人、インド人、サウジアラビア人、カザフスタン人、イスラエル人、と国籍豊かでした。

 

2. 見る・読む

留学には時間もお金もかかりますし、一度就職するとそう簡単に仕事を辞めて留学、というわけにはいかないでしょう。そんな場合はとにかく欧文タイポグラフィの例を数多く見ることが重要だと思います。今や洋書もインターネット等で手に入り易くなっていますし、本や雑誌を沢山見て書体の使われ方や、文の組まれ方等をじっくり見る。見るだけでなく、もし英語やフランス語、ドイツ語が片言でも分かるなら読む事も重要です。タイポグラフィは当たり前ですが、「読まれるもの」で、単に見るだけでは気付きにくい側面が多々あります。

留学は無理でも、休暇がとれたら自分の好きな欧米の街に旅に出て、街の中で使われている例を見たり、美術館のサイン計画やカタログがどうデザインされているかチェックしたり、スーパーでパッケージデザインの例を見るのもよい勉強になるでしょう。本はアートカタログやデザインものだけでなく、多様な内容のものを大量に買って持ち帰りましょう。(古本屋巡りも楽しいし、文字組みはむしろ現代のものより上手なことが多いです。)

 

3. トライする

当たり前ですが、一番有効な方法は実践する事です。例えば書籍の本文組みがきちんと出来るようになりたいのなら、例えば英語の小説などを自分で組んでみる。 書体やフォーマットの選択はもちろんのこと、タイトルページや目次の組み方、見出しのサイズやポジション、イタリック体の使われ方や、引用符の扱い、本文中に外国語が出て来た場合にはどうするか?などなど、細かな部分で次々と疑問が出てくると思います。こういった疑問はただ「きれいだな」と見ているだけでは浮かんできません。煮詰まったら、洋書屋さんに行って、その小説がどういう風に組まれているか例をいろいろ見てみましょう。目的無く見るよりも、自分でトライしつつ見る方が得るものが100倍多いです。

小説など比較的簡単なものから始めて、コツがだんだん掴めてきたら、学術書や雑誌等、複雑なレベルを有する文章の組みにトライしてみましょう。複雑な構造の情報をマクロ&マイクロタイポグラフィの力で分かりやすく視覚化する時こそ、欧文タイポグラフィの醍醐味が味わえます。

 

4. 欧文タイポグラフィについて書かれた本を読む

本を読むことはもちろん大切ですが、特にデザインの場合は知識が逆にモノの本質を見えにくくする事があるように思います。ですから欧文タイポグラフィについて書かれてある本を読むだけでなく、実際トライしたり、見る・欧文を読むということを並行することをお勧めします。

この数年ほどで、小林章さん(モノタイプ(旧社名ライノタイプ))や、嘉瑞工房の高岡昌生さんなど欧文タイポグラフィに関する本を書かれる方が出てきましたが、私の学生時代(11年前)は、欧文タイポグラフィものと言えば朗文堂しか無かったように思います。

私は朗文堂のものでは『欧文書体百花事典』『書物と活字』『ふたりのチヒョルト』『評伝 活字とエリック・ギル』の4冊を読みました。小林章さんの本では『フォントのふしぎ』を読みました。『欧文書体』シリーズは立ち読み程度で、あとはブログ(http://blog.excite.co.jp/t-director/)をちょくちょく覗きます。嘉瑞工房のものでは『欧文組版』と『欧文活字』を読みました。

そんなわけで上記の方々の本を全て読んではいないのですが、以下が私の簡単な感想です。

朗文堂は歴史や理論重視で、書体が生まれた背景などが知りたい時に読むのが良いと思います。が、誤訳や間違った事実が書かれてある事も多いように思います。なので「書かれてある事が絶対ではない」ということを頭において読む事をお勧めします。誤訳の例については次回書きます。

小林さんの本やブログはとても親しみやすく書かれてありますが、一見簡単なように見えて本質的な事もきちんと書かれてあります。初心者からある程度のレベルの人まで幅広く楽しめかつ勉強になるのではないでしょうか。ただ、当然ながらタイポグラフィより書体中心の内容ですし、図版もロゴや看板、パッケージ等いわゆる「ディスプレイ用」のものが多いので、地味な本文組みについて学びたいんだ!という人向けではありません。

嘉瑞工房の『欧文組版』は、欧文組みをとにかく実践したいけれど何から始めれば良いか分からない、という方におススメの内容です。英文を組む上で必要な基礎的なポイントはほぼカバーされているように思いますし、良い例・悪い例の両方を見せつつ分かりやすく書かれてあります。基本を学ぶための本なので当然と言えば当然ですが、例や図版のデザインは非常にシンプルでオーソドックスです。

雑誌の『アイデア』でも欧文タイポグラフィ関連の特集がよくあるようですし(こちらではなかなか手に入らないので実はあまり読んだ事は無いのですが)、また去年創刊された『TYPOGRAPHY』(本誌はかなり書体デザイン寄りですが)にも濃い内容の記事が色々と組まれています。

欧文タイポグラフィに限らず、何か専門的な事を勉強する場合、情報源をバランス良く広く持つ事は、大切です。一人の著者や出版社にこだわらず、上記の全ての本や雑誌に目を通した上で、最後は自分で判断するのが良いと思います。